教育・研究

教員一覧

野崎のざき 智義ともよし  教授 Nozaki Tomoyoshi

所属:東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 生物医化学分野
講座:生物医化学
E-mail:nozaki@m.u-tokyo.ac.jp
Webサイト:http://www.biomedchem.m.u-tokyo.ac.jp/resarch.html

略歴

昭和62年~平成1年
慶応大学助手
平成1年~7年
NIAID, NIH並びRockefeller大学ポスドク・助手
平成8年~11年
慶応大学助手・専任講師
平成11年~16年
国立感染症研究所寄生動物部 室長
平成17年~20年
群馬大学国際寄生虫病生態学 教授
平成20年~29年
国立感染症研究所寄生動物部 部長
平成20年~29年
筑波大学大学院生命環境科学研究科 教授(併任)
平成29年~
東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻生物医化学教室 教授
平成22年~
早稲田大学先端理工院 教授(併任)
平成13年~
薬事・食品衛生審議会 専門委員
平成13年~17年
科学技術振興事業団さきがけ21(PRESTO)「生体と制御」領域研究員(併任)

教育

担当授業科目(学部)
微生物学II (医学科) ╱ 基礎生命科学 ╱ 生命科学・ゲノム学I、II ╱ 栄養学 ╱ 生命科学実習I、II ╱ 生命環境科学演習
担当授業科目(大学院)
生物医化学特論I、II ╱ 熱帯医学特論I、II
初学者向け研究紹介
1. 原虫に特異的に存在する代謝経路の解明と創薬 原虫症に対する薬を作るためには、原虫にだけあって私たち哺乳動物にない代謝経路や酵素を発見し、その生化学的性状を明らかにすることにより、合理的に薬剤をデザインすることが重要です。私たちが注目しているいくつかの有望な創薬標的があります。

・ 原虫の小胞輸送経路。真核生物において、タンパク質が小胞体で合成された後、ゴルジ体、リソソームなどを介して輸送・修飾・貯蔵・分泌・或いは、分解され ます。更に外界から栄養素などを取り込んで細胞の中で利用します。これらの輸送過程は脂質二重膜につつまれた小胞と呼ばれる細胞内小器官の相互作用により 担われています。この小胞間の物質の輸送を制御する機構を小胞輸送或いはメンブレントラフィックと呼びます。私たちは寄生体の病原性(寄生虫がどうやって 人に病気を起こすか)や寄生適応(どうやって人に病気を起こさせずに仲良く暮らすか)を小胞輸送の観点から調べ、原虫に特異的な生物現象・機構を解明し、 それを創薬標的としようとしています。
・原虫の含硫(硫黄を含んだ)アミノ酸(メ チオニン・ホモシステイン・システイン)の生合成・分解などの代謝経路。嫌気的な(酸素に弱い)原虫である赤痢アメーバやトリコモナス原虫は哺乳動物と全 く異なる代謝経路をもっています。特に無機硫黄とセリンとからシステインを合成するシステイン生合成経路と含硫アミノ酸の分解を触媒するメチオニンガンマ リアーゼと呼ばれる酵素は原虫に特異的な代謝経路であり、我々が最も注目する創薬標的のひとつです。
・ 脂質修飾。発ガン遺伝子として発見されたRasと呼ばれるタンパク質があります。RasはGTPと呼ばれるエネルギー貯蔵体を加水分解する酵素で、細胞の 分化や増殖に重要な役割をしています。真核生物にはRasの他にも小胞輸送に関わるRabや細胞骨格の形成に関わるRac/Rho、核と細胞質の物質輸送 に関与するRanなどの多くの遺伝子群を含めたタンパク質が存在します。これらのほとんどはそのカルボシキ末端部に脂質修飾を受けます。この脂質修飾はこ れらのタンパク質の機能にとって不可欠なので、脂質修飾を阻害してやると細胞は増殖・分化出来なくなったり、異常な細胞形状を示すようになります。私たち は原虫の脂質修飾酵素の選択的な阻害剤を開発し、これを抗原虫薬として使おうと考えています。
・ポリアミン代謝・補酵素A代謝などに関しても同様の研究を展開し、創薬標的としてのバリデーションを続けています。
・創薬研究としては、赤痢アメーバ症やマラリア等の原虫に対する薬剤を開発することを目的として、二つのアプローチで薬剤の探索を行っています。1つは自然界の多様な生物(カビ・放線菌など)の作る二次代謝産物を沢山スクリーニングして有用な抽出液を見つけ、有望化合物を精製・同定する方法。2つ目は、構造の分かっている化合物ライブラリーをスクリーニングする方法です。いずれの方法でも有望な化合物が次々に見つかりつつあります。


2. 赤痢アメーバの寄生・病原機構の解明 赤痢アメーバは大腸に寄生して赤痢を起こす原虫です。途上国を中心として世界中の人口の約1%に感染して、年間7万人の死亡を起こしています。通常は大腸 の管の中に寄生していて人に病気を起こさないことも多いのですが、時に組織侵入して病気を起こします。赤痢アメーバが大腸内にとどまり、大腸粘膜上皮細胞 に接着し、これを破壊し、組織内に寄生したり、時に腸管外に播種して、肝臓・肺・脳などに寄生するには多くの細胞機構が必要です。私たちは一般に「病原体 がどのように病気を起こすか?」という問題を単純に「病原機構」と表現しますが、病原機構はmultifactorial(多因子により規定される)であ り、複雑です。例えば、赤痢アメーバが人に病気を起こすには、腸管上皮細胞上の特定の分子の認識、病原因子である組織融解性物質の分泌、分解された哺乳動 物組織を貪食・分解など様々な細胞機能を持たなくてはいけません。そこでいくつかの項目に焦点を絞って研究を行っています。

・ 小胞輸送(メンブレントラフィク)。赤痢アメーバは他の高等真核生物を凌駕する90を超えるRab低分子量GTP結合タンパク質をもち、その膜輸送の複雑 さは我々哺乳動物や植物を凌駕しています。私たちは多様なRabのうち、Rab5, Rab7, Rab11などについて詳細な機能解析を行った結果、これらのRabが赤痢アメーバの病原機構において重要な役割を演ずることを解明しました。
・ システインプロテアーゼ輸送。システインプロテアーゼは組織傷害において中心的な役割を果たすが、50を超えるそれぞれのアイソエンザイムの役割は不明で あると同時に、システインプロテアーゼの細胞内輸送の分子機構の大部分は未解明です。そこで私たちはシステインプロテアーゼ並びにその輸送を制御する Rabに結合するタンパク質を同定し、輸送分子機構を解明しようとしています。これらの解析によりRab7に結合するレトロマー複合体やシステインプロテ アーゼ5に結合する受容体などを同定しました。今後これらの詳細な機能を解明していきます。
・ オートファジー。赤痢アメーバは他種生物(例えば酵母・ヒト)に保存された遺伝子のうち、最低限の遺伝子のみをもっています。赤痢アメーバ並びに関連生物 種においてオートファジーは分化(嚢子化、encystation)に機能していることを示しました。今後、オートファジー、或はAtg8経路の、分化・ 増殖・病原機構などにおける役割を解明する予定です。
・"omics"アプローチ。赤痢アメーバの病原性を統合的に理解することを目的として、網羅的な解析を行っています。まず第一に、赤痢アメーバ並びに関連種E. invadensの 全遺伝子を網羅したDNAマイクロアレイを作成し、病原性の異なる複数の赤痢アメーバ分離株で遺伝子発現プロファイルを比較し、病原性に強く相関する遺伝 子群を網羅的に解明するとともに、病原性関連遺伝子のマスター遺伝子を決定しようとしています。また嚢子化過程の遺伝子発現調節を詳細に解析しています。 また、プロテオミクスによりファゴソーム・ミトコンドリアなどの細胞内小器官のタンパク質を網羅的に比較することによって、例えば、病原性の異なる株間で の貪食に関わるタンパク質の量的・質的相違を明らかにしています。これらの網羅的アプローチによりその端緒が明らかになった分子に関して、より詳細に機能 解析を行います。
・貪食・トロゴサイトーシス。赤痢アメーバは活発にヒトや細菌などの細胞を貪食し、栄養にしたり、宿主の免疫機構から逃れたりしています。近年、従来のファゴサイトーシス(丸ごと飲み込む)と分子機構の異なるトロゴサイトーシス(摘まみ食いする)という現象が赤痢アメーバの病原性において重要であることが分かってきました。その分子機構と生理的意義の研究を展開しています。


3. 原虫におけるオルガネラ、特にミトコンドリアの進化 赤痢アメーバは嫌気的環境に生育する寄生虫なのでミトコンドリアでの酸素を用いたATP合成はできません。赤痢アメーバのミトコンドリアは、他の真核生物 のもつ多くの機能を欠損するとともに、高度に特殊化しています。我々は最近赤痢アメーバのミトコンドリアが硫酸の活性化を主な機能としていることを発見 し、このミトコンドリア関連オルガネラをサルフォソーム"sulfosome"と命名しました。今後も寄生性原虫の不思議なミトコンドリアなどオルガネラ の機能を解明していきます。


4. 赤痢アメーバの遺伝的多型の解析 通常、赤痢アメーバ症は、熱帯・亜熱帯を中心とする保健・衛生状態の悪い地域に高い感染率が見られます。しかしながら、我が国では先進国の中では例外的に 高い感染が見られます。赤痢アメーバは感染症法で定められた届け出義務のある感染症ですが、一年で600以上の届け出があります。そのほとんどは海外渡航 歴のない国内感染例です。我が国における赤痢アメーバ症の感染者のほとんどは、一般に想像されているように海外で感染して帰国した例ではなくて、国内で感 染しているのです。そのほとんどは男性同性愛者間の感染と考えられています。赤痢アメーバは国内では性行為感染症(STD)として考えられています。ま た、届け出上の数字に表れていない事実ですが、知的障害者の入所している施設とグループホームなどの日帰りの教育・介護施設の施設利用者・入所者が赤痢ア メーバ症に濃厚に感染していることが知られています。男性同性愛者及び知的障害者の間で浸淫する赤痢アメーバ症を起こす原虫株の種類を調べて、感染経路を 明らかにし、次の流行を防ぐのはとても重要で、そのために私たちは分子疫学と呼ばれる手法で、患者さんから分離された赤痢アメーバ株の種類を特定していま す。これはいわば、様々な遺伝子マーカーを用いて赤痢アメーバの「指紋(fingerprint)」を採取する方法で、別名遺伝子タイピングともいいま す。これにより私たちは日本国内に伝播している赤痢アメーバ株が極めて多様な遺伝的背景をもつ集団であることを明らかにしました。同時に数百キロ離れた県 で、10年も歳月を経て同じ遺伝子型を示す赤痢アメーバ株が分離されたことがありました。このことは遺伝子タイピングが指紋解析法として優れた方法である ことを示しています。現在解らないのは国内に流行している赤痢アメーバ株が一体いつどうやって国内に流入したかということです。赤痢アメーバは性行為感染 症ですから、HIV(エイズ)などと一緒に東南アジアのHIV浸淫地から侵入したと予想していましたが、分離株の遺伝子タイピングの結果はこれを全く指示 しませんでした。現在、近隣のアジア諸国、中国・韓国からの流入を想定して検討を進めています。同時に特定の病型(無症候性、肝膿瘍、腸炎)と相関する遺 伝子マーカーの検索を進めています。


検査・診断・臨床業務 寄生虫症は決してまれな感染症ではなく、臨床において時々遭遇する機会があります。これらの寄生虫感染症・原虫症は、国内で比較的頻繁に経験し、感染症法 にも指定されている赤痢アメーバ症・ランブル鞭毛症・クリプトスポリジア症を始めとする消化管感染症、マラリア、イヌ回虫症などの幼虫移行症、グルメ食な どで感染の増えている肺吸虫症・アニサキス症・エキノコックス症から、国内での感染がほとんど見られない熱帯感染症やまれな寄生虫感染症に至るまで、様々な疾患が含まれます。本研究室では様々な病院・大学から臨床からの診断と治療に関する様々な相談に応じています。

研究

研究分野
寄生性原虫の感染性と代謝の研究
現在の研究課題
寄生性原虫の感染性の分子機構の解明、寄生虫特異的な代謝とオルガネラの生化学的・生物学的解析
研究内容キーワード
小胞輸送 ╱ ファゴサイトーシス ╱ オートファジー ╱ プロテアーゼ ╱ アミノ酸代謝 ╱ 創薬 ╱ オルガネラ
所属学会
日本生化学会 ╱ 日本寄生虫学会 ╱ 日本細胞生物学会 ╱ 日本分子生物学会 ╱ 日本熱帯医学会 ╱ The American Society of Tropical Medicine and Hygiene ╱ The American Society of Biochemistry and Molecular Biology ╱ The American Society of Microbiology
著書(10件まで)
  1. 津久井久美子、野崎智義 (2009) 腸管寄生性原虫の小胞輸送ー病原機構における役割 実験医学 27, 1548-1556.
  2. 野崎智義 (2013) 原虫疾患(マラリア、赤痢アメーバ症、ジアルジア症、トキソプラズマ症、トリコモナス症、リーシュマニア症、トリパノソーマ症、クリプトスポリジウム・サイクロスポーラ症).In 内科学 第10版、朝倉書店、矢崎義雄編、pp349-359.
  3. 野崎智義 (2014) 寄生虫の代謝はfull of surprise —赤痢アメーバの代謝機構 in 驚愕の代謝システム メタボロームの階層から解き明かす疾患研究の新たなステージ 末松誠、杉浦悠毅編、実験医学、羊土社、32 (15)、pp2462-2466
  4. 牧内貴志、野崎智義 (2016) ミトコンドリアの多様な進化─ 赤痢アメーバマイトソームから見えるミトコンドリアのタンパク質輸送と代謝の進化 真核細胞の共生由来オルガネラ研究最前線 広がり続ける多様性と機能 70(2), 93-98, 2016、生物の科学 遺伝 エヌ・ティー・エス

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趣味

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